前回はこちら 小説『美和子』 70話(企み)
最初から読む 小説『美和子』 1話(雪の中の小夜子)
ある日曜日の朝だった。京太郎と美和子。そして、俺。
3人で競馬を楽しもうと、場外馬券場に出かけた。
馬券場の建物が目と鼻の先にある、路上の角で、
背中を向けて小さく蹲っている若い女性をみつけた。
「どうかしましたか。」と、顔を覗き込んで、驚く。
血の気が引いたような白い顔。 その女は千秋 だった。
目がうつろで、意識が朦朧としているようだが、
俺の顔を数秒みつめた後、目の前の男が、昔の恋人である事を認識したのか、
目を大きく見開いて反応した後、すぐに又、頭を下に向けた。
「千秋か。大丈夫か。」声をかける。
「なんだ、千秋なのか。どうした。貧血か。」京太郎も近寄ってくる。
「大丈夫。ちょっと、くらくらしてるだけ。病院に行く。」
そう言って、よろけながら立ちあがってみせた。
「二人の知り合いなの。」美和子が近寄って言うと、
千秋は美和子の顔をちらと見て、黙って歩きだした。
「俺、ちょっと、病院について行くわ。悪い。今日はこれで。」
二人に挨拶をして、千秋を病院に連れて行った。
知り合いが苦しんでいるのに、遊んではいられない。
千秋も俺が側にいる事について、拒否はしなかった。
むしろ、寄りかかるものが隣にできて重宝したという感じだ。
久しぶりに会った。破局した恋人との偶然の再会。
別れから、1年の歳月が経過していた。
悲壮感は乗り越え、既に現実を受け入れていた。
惚れた腫れたの時期は過ぎて、もう、
とっくに恋愛感情は終わっている。
千秋とは、ただの友人。そんな感覚を持った。
病院で診察を受けた後、千秋を自宅前まで送り届けた。
家に寄ってくれと言われたが、それは遠慮しておいた。
千秋のご両親を懐かしく思ったが、相手に余計な気を遣わせるだけ。
別れた男が昔の恋人の家で、家族と仲良く談話 する。
茶番劇だろう。間が抜けている。
帰ろうとした、俺の背中越しに
「聡志の家に、電話してもいいかな。」
千秋の声に力がないのは、病気のせいなのか何なのか。
ここで拒絶という選択をするのには、罪悪感がある。
単純に俺がそうと感じただけであって、真実はわからないが、
千秋の申し出を断る理由が、今の俺には見当たらなかった。
振り返って、千秋の顔を見て
「ああ。又な。」と、右手を上げて、手を振った。
彼女の口元が、微笑んでいるように見えて安心した。
取り敢えず少しは、何かの役に立っただろう。
数日後。俺の部屋にある黒電話 の呼び鈴が、けたたましく鳴った。
「聡志ちゃん。」語尾が上がる疑問文のような問いかけの口調。
相手は美和子だった。今、近所にいるからこちらへ来て良いかと。
「京ちゃんに女がいたの。」
ついにばれたようだ。俺の口から伝えるのは躊躇いがあった。
しかし、それは事実だった。
耳にあてた受話器から聞こえる声が、泣いている様子だったので、
俺は部屋着の儘、外へ飛び出して、美和子の姿を探した。
つづく
著作権 (c)夜桜2026
Copyright Yozakura2026,All Rights Reserved
前回はこちら 小説『美和子』 69話(疑惑)
最初から読む 小説『美和子』 1話(雪の中の小夜子)
美和子の仕事のことを突き止めようと、京太郎に会いに行くことにした。
本当は二人きりで会って、じっくり話がしたかったのだが、
以前とは違って、最近、ちょっと距離を感じている所だった。
ましてや今回は、揉めるかも知れない内容の話だ。
誰か大勢の人間が、側に居てくれる方がいいのかも知れない。
男一人で、ホストクラブに飲みに行くことにした。
取り敢えず客となって金を払うことで、万一の時の
報復を避けられるのではないかとも考えていた。
キングの玄関に立つ。
重い扉を開くと、奥の方から生バンドの演奏が聞こえる。
フロントの横の壁には、華美な額の中に飾られた京太郎の顔写真。
相変わらず、売り上げはナンバースリーにランクインしているようだ。
一度好成績を上げたら、そう簡単には転落できないだろう。
男の見栄もプライドもあるもんな。
俺は京太郎に、何を押しつけようとしているのか。
美和子は、俺がしようとしていることを知ったら激怒するだろう。
お節介も度を超えていると承知している。
でも、あいつが泣くのを、このまま黙って見てはいられない。
本来なら、美和子本人に尋ねれば済むのかも知れないが、
安易に聞ける話ではなかった。美和子が真実を答えるとも思いがたい。
俺を迎えに出てきたのは、三田さんだった。茶色のスーツを着ている。
三田さんの口から、京太郎と修、二人ともが欠勤だと聞かされて、
なんだか、腰が抜けたように力が引いていった。
このまま帰るのも悪いし、俺は三田さんに探りを入れてみる事にした。
「二人とも休みって、珍しいね。何かあったの。」
ソファーに腰掛けたと同時に聞いてみた。
「ええ。実は・・・。」険しい表情で、三田さんが俺の隣に座った。
「修さんの給料が盗まれちゃって。」
ただならぬ話に、思わず身を乗り出した。
「女とホテルに行って、風呂に入ってる間に、財布ごと抜かれたらしいんですが・・・。
その女というのが、敵対する派閥グループの上客だった人なもんで、
拗れてるんですよね。」
以前、やくざの若頭の女に手を出した修を知っていた俺は、又、女絡みの
トラブルを起こしたのかと思った。修の容姿は女に好かれやすいように思う。
本当なら、京太郎より売れそうだが、当の本人にそんな気がなかった。
「その日はキングの給料日だったもんですから、敵のボスの差し金じゃないかと
睨んでいるんですが、人の客に手を出そうとした事はこちらも弱点なもので。
二人とも、裏を取りにかかっているみたいですよ。」
そこまで教えてくれた所で、三田さんは別な男の客に呼ばれて行った。
ダンスフロアを挟んで、前の席だったので嫌でも視界に入ってしまう。
水商売関係ではなく、大手企業の社長風な男だった。
俺もそうだが、男性客一人というのはホストクラブでは目立つ気がする。
三田さんと仲良しのホストが、俺の席に着いた。
ヘルプの若いホストと二人、顔色が険しい。
「どうしたの。」聞いてみた。すると、あっさり種明かしをしてくれた。
三田さんは、俺の事を以前からの知り合いだと知らせてあって、
友好的な人物だと判断したのだろうか。
「あの人、三田さんの彼女の旦那さんなんですよね。」
「大会社を経営している社長の奥さんで、三田さんより10歳も上の人なんですけど、
旦那さんに三田さんとの関係を話しちゃったらしくて、ああやって、毎晩、
嫌がらせに来てるんですよ。陰湿でしょう。」
大量の酒をすすめられて、それを受けている三田さんの背中が見える。
立派なスーツを着こなして紳士のように見えていた客の顔が、妙に惨めに映りだす。
ホストにとって売上を上げてくれる客は大事だろうが、そんな危険な目に遭って迄、
年上の人妻客を庇わなくてもいいだろう。そう考えていたところへ
「三田さんも奥さんも本気らしくて、二人で逃げるかもしれませんよ。」
ヘルプのホストがつぶやいた。
何不自由ない暮らしを保たれている筈の奥様が、ホストと駆け落ちをする。
ビジネスでは成功を収めていた社長が、家庭の構築では敗者となる。
男と女は難しいものだと改めて知った。
どうにもならない嫉妬や、横恋慕。複雑に絡み合う色と欲。
現実に、そのような感情、関係は存在する。
京太郎と美和子の関係も、俺ごときが口を出す事ではないのだろうか。
琥珀色のアルコールが、心地よい酔いをもたらし、次第に
俺の思考能力を麻痺させていった。
つづく
著作権 (c)夜桜2026
Copyright Yozakura2026,All Rights Reserved

【ニュース】 増加する性感染症(STD)感染者、早期発見・早期治療が大切!
---------------------------------------------------------------
◆性行為によって感染する性感染症(STD)感染者が増加しています。
STD感染者数はここ4〜5年で急増し、国内感染者数は600万人、
毎年60万人が感染していると推定されています。
代表的な性感染症であるクラミジア感染症は、
20代前半女性の16人に1人、10代後半女性の21人に1人が
感染しているとの報告もあります。
◆特にクラミジア感染症は自覚症状が出にくく、
知らない間に感染し、知らない間に他人へ感染させてしまいます。
治療をしないで放置しておくと、不妊症の原因になる可能性や
出産時の母子感染の可能性もあります。
◆HIV(エイズウイルス)感染も性感染症です。
先進国でHIV感染者数が増えているのは日本だけです。
クラミジアなどの性感染症に感染していると、HIVに感染する危険度が
3〜5倍高くなるといわれています。
◆今や性感染症は、特別な人たちがかかる病気でなく
誰がかかっても不思議でない病気になっています。
心配な時は、まず検査を受けることが大切です。
◆STD研究所の ◆性病検査 STDチェッカー◆ は、
ついためらいがちな性病検査を、自宅で簡単に受けられる検査キットです。
自宅で採取した検査物(尿・分泌液・血液)をポストに投函し、
1〜2週間後に結果がわかります。
匿名で受けることができ、結果はセキュリティサイト(パソコン・携帯)に
アクセスして確認するため、プライバシー対策も万全です。
◆商品タイプは18種類、検査項目が豊富で、様々なニーズに対応しています。
(検査は国の認可を受けた登録衛生検査所で実施されます。)
---------------------------------------------------------------
◆クラミジア◆淋菌◆HIV(エイズウイルス)◆梅毒◆
◆トリコモナス◆カンジタ◆ヒトパピローマウイルス◆
◆B型肝炎◆C型肝炎◆成人T細胞白血病◆クラミジア(のど)◆淋菌(のど)◆
---------------------------------------------------------------
→検査商品のご購入はこちら![]()
店のカウンター席
仕事の不安
家庭の不満
プライベートなこと…
頭がいっぱい
耳に飛び込む大音響のノイズ
静かにしてくれないか…?
いや、場違いなのは自分の方だとわかっている。
ノイズに負けない自分を演奏しなくては…
不協和音は孤独から
前回はこちら 小説『美和子』 68話(誕生日プレゼント)
最初から読む 小説『美和子』 1話(雪の中の小夜子)
優美のボーイに戻ってから、3か月が過ぎようとしていた。
ママも少しずつ元気を取り戻して、たまには店に顔を出すようになった。
この店のホステス達は、年齢が高いという話をしたが、社員の定着率は良くて、
誰も辞めるものはいない。ただ、節子さんだけは退店した。
毎日通って豪遊していた、あの社長と結婚したそうだ。
別れた先妻との間に、高校生の息子と娘がいて社長と住んでいた。
その子供たちの、母親役に徹すると決めたらしい。
優美の営業が終わって、テーブルの上のグラスなどを片付けていた時のこと。
京太郎から電話があって、金はいらないからキングに飲みに来いという。
美和子もいるから、相手になってやってくれと。
「聡志ちゃん。」美和子は、俺の顔を見ると、いつものように名前を呼んだ。
キングの店内の暗い照明の中で、美和子の白い顔は一際浮いていた。
派手に巻いた栗色の髪は存在感があり、どこかの店のナンバーワンであると
言わなくとも、誰の目から見てもわかるような風格を感じた。あの娘が。
テーブル席に着いていたのは、京太郎と修。それに見慣れない新人が1人。
「おお、渡。よく来たな。ゆっくり最後までいてくれよ。
俺、ちょっと、仕事してくるわ。」そう言って、京太郎は、俺と入れ替わるように席を立った。
美和子は酒が飲めない。それなのに、今日は、水割りを少し飲みたいと言い出した。
タバコを吸い終わっては、又、すぐ次のタバコを加える。
その度に、新人ホストや修が、ライターで火を点けた。
「小夜ちゃん。ちょっと吸いすぎじゃないの。」非喫煙者の修がいうと
「ちょっとね。なんかイライラするんだ。」美和子の視線の先を追ってみると、
20歳代の若い客と、いちゃついて楽しそうな京太郎の姿があった。
「仕方ないよ。仕事なんだから。」そう言って、なるべく京太郎の方を見ないように、
俺は、次から次にどうでもいい話をし出した。ホスト達も、協力して美和子の機嫌を
とってくれたお蔭で、なんとか閉店までいる事ができた。
「又、いつもの所で待っててくれ。」そう言われて、喫茶店に行く。
美和子と二人で、ポーカーゲームをしながら、京太郎を待っていたのだが、
現れたのは、修一人だった。
「小夜ちゃん。悪い。京太郎は急に社長とミーティングになって、来れなくなっちゃってさ。
後で、此処に電話かけるからって。」美和子の顔色が険しくなった。
黒いラメ入りのハンドバッグを乱暴に掴んで、化粧室へと消えて行った。
「京太郎は、どこへ行ったんだ。」美和子がいない隙に、修に尋ねる。
「最近、ちょっと、さっきの客に入れ込んでてさ。金持ってるみたいだからね。」
やっぱり。そんなことだろうとは、思った。
「ところで、小夜子ちゃんだけど、あの娘、ホテトルか何か風俗業なんじゃないの。」
「えっ。まさか。」杯中の蛇影であってくれ。
「ビールください。」席に戻りながら、美和子が店員に注文をする。
「小夜ちゃん。飲むの。」驚いている修を他所に、美和子は
ビールの小瓶を持って、小さなガラスのコップに勢いよく注ぎ出した。
泡が一気に盛り上がって、ビールはテーブルに溢れ出た。
こぼれたビールをおしぼりで拭いてやりながら、
さっき修が言ったことは、やはり真実ではないだろうかと疑惑をもった。
公衆電話の高いベル音が鳴り響いた。京太郎だ。
「どこへ行く気なの。おかしいでしょう。どう考えたって。嘘。」
美和子の激しい怒声が聞こえる。喧嘩をしている相手の声が聞こえないため、
一方的に彼女だけが、言いたいことを言っているような感じだ。
柳眉を逆立てていた、彼女の様子が豹変した。急に優しい笑顔になって
「ねぇ。聡志ちゃん。今日は、どこかのホテルに泊まらない。」と、言いだした。
茫然自失となった俺の腕をとって、美和子が甘えてきた。
こんな場面でさえなければ、彼女を愛することもできたのかも知れない。
著しく不愉快だった。恥ずかしさもあった。
「何を言っているんだ。冗談じゃない。」拒絶する言葉を口走った。すると・・・
「修さん。今晩、私と一緒にいて。」そう言って、修の隣席へ滑り込んだ。修も目が点になる。
俺の思考回路は完全に停止し、血液が一気に頭に上った。怒りで顔が熱くなる。
「お前、おかしい。今日は酔っている。帰るぞ。修。これで、金払っといてよ。」強い口調で言い放ち、
財布から抜き出した五千円札をテーブルの上に置くと、美和子の上腕を掴んで、店の外へ連れ出した。
嘗てない、俺の荒々しい言動に脅えたのだろうか。美和子は泣き出していた。
病院で出会った時の、あの素顔の美和子がそこにいた。
さっきの誘惑は、京太郎の浮気に対する当てつけ行為だったのだろう。
そうではなくて、美和子が本心から俺を欲してくれたなら、この両腕で抱きしめていただろう。
タクシーの中では、運転手がバックミラー越しにこちらの様子を伺っているのが解る。
大方、恋人同士の痴話喧嘩ぐらいに思われているのだろう。
美和子の家の近くで一旦停止してもらい、彼女が家に入るのを見届けてから、
又、タクシーの後部座席に滑り込んだ。
彼女の精神状態を案じた。やはり京太郎では、駄目だ。美和子が不幸になるだけだ。
かと言って、彼女の気持ちを変えてやれるだけの力が、俺にあるのだろうか。
つづく
著作権 (c)夜桜2026
Copyright Yozakura2026,All Rights Reserved
今日は何だか淋しげに見えた
僕が隣にいる事を忘れてしまっているようだ
何を悩んでいるの
僕では駄目なの…
君が見ている人は誰?
「お前に私の気持ちなど、わかりっこない。」と・・・。
では、聞くが、お前に私の気持ちが解るのか。
勝ち続けて行かなくてはならない重圧感を、知っているのかと。
お前が私に負けたのは、己の未熟さだと知れ。
まだ、勝敗は解らない。
ただ私は、少なくとも、今のお前には負けないよ。
人のせい、環境のせいにしている限り、お前は伸びないだろうから。
そして、私も。
戦いになど、参加したくはないのに・・・。
師と対決しなくてはならない。
尊敬し崇拝して来た師が、あの手この手で・・・
汚い手を使って、私を蹴落とそうとするだろう。
私さえいなければ・・・。
何度も、そう思う。
私は、誰も傷つけたくはない。
そんなことを望んではいないのに・・・
どうして、こんな道になってしまうのだろうか。
江戸時代でもあるまいに・・・。
権力争いなんて無意味。
何故、その道に生きるのか、よく考えるべきだ。
自分が生き残る事だけに囚われて、汚い手で他者を蹴落とした所で・・・
その後、どうなるのかなんて、推測がつこう。
歴史は繰り返される。ちっぽけな社会の中でも。
前回はこちら 小説『美和子』 67話(焼身自殺)
最初から読む 小説『美和子』 1話(雪の中の小夜子)
美和子は芸名を小夜子と名乗り、どうもナンバーワンまで登りつめたようだった。
美和子が、どこの店で働いているのか、全く知らされてはいなかった。
新宿界隈の店ならば、俺も一応、大概の名前は知っている。
彼女がどこの店で働いているのか。俺は、気になって仕方がなかった。
もしやソープ嬢にでもなっているのではなかろうか。
毎日、京太郎とは連絡を取り合い、奴の店にも3日に1回は行くと言う。
そして、3日に1回は、俺の家に泊まる。
京太郎から電話があることもあったし、美和子から直接、優美に電話があり、
キングの近くにある喫茶店に迎えに来いと言う。
当時、スロットやポーカーゲーム機が流行っていて、その勝ち額は、換金する事ができた。
勿論、賭博行為は違法であり、摘発される店もあったと記憶している。
俺もたまに、一緒にやったことがある。
賭けるBET数にもよるのだが、スロットは、賭けた箇所の縦、横、斜め等の
ラインに図柄が揃えば当りで、オールフルーツなどもあった。
その持ち点を更に増やすチャンスがあり、機械が選択するトランプの数字を、
ビッグorスモールで当てる。当れば持ち点は倍になり、外せば持ち点はゼロになる。
期待値など数学的な法則から考えれば、恐ろしいことになるゲームなのに、
何故か、俺達3人は負けることが少なかった。
一時的なものであり、将来的な保証は何処にもなかったが、俺が、そんな事を
言っても、2人の楽しい時間を破壊するだけだと思った。
俺が知る限りでは、勝負運と言うものは、存在する。だだ、あくまでも運なので、
間逆の方向へ流れ、大きく転落する可能性も秘めている。
美和子の20歳の誕生日の事だ。
「何が欲しいの。」と、訊ねると、服か靴と言う返事が返って来たので、
一緒に買い物に行き、淡い桜色のワンピースと、揃いのハイヒールもプレゼントした。
値段は、良く覚えていないのだが、合わせて、6、7万円だったと思う。
美和子の着る服は、黒や白、赤や青などはっきりとした原色が多かった。
桜色の衣類等を着用するのは、初めてらしいが、彼女にとても良く似合っていた。
その後、俺の誕生日に、美和子が何かお返しをしてくれると言い、、
「何でも良い。」と、言ったのだが、どうしても俺に選んで欲しいというので、
渋々、近所のデパートに、美和子と2人で出向いた。
俺は、黒いジャケットに目を留めた。
「これが、欲しいんだけど。」と、言うと、美和子は、
「随分、安いね。とりあえず第一候補ね。もっと欲しい物があるといけないから、
もうちょっと見よう。」そう、言って、俺の腕を引っ張った。
マネキンが着ている春物の白いコートを目にした時、美和子が立ち止まった。
「どうしたの。」と、聞くと、
「これ、いいよね。欲しいな。」と、言った。
「買えば。」と、言ったら、相当悩んで、購入を決心したようだ。
開いたブランド物の財布には、札が思いの外入っていた。
俺は、かなり心配になった。アルバイトで水商売にと言っていたが、
もう、彼女は、足を洗う気はないのではないだろうか。
いや、もしかすると、水商売ではなくて、風俗店で働かされているのかも知れない。
今まで、俺の前で話していた店の様子などは、皆、真っ赤な嘘だったのかも知れない。
俺の疑念が、益々、深まった出来事だった。
その後、紳士服売り場で、俺は気に入る物がなくて、
「やっぱり、あのジャケットが欲しいな。」と、言うと、美和子が何か悩んでいた。
「どうしたの。」と、訊ねると、目の前にあったセーターを見つめながら、
「このメーカー、京ちゃんが好きなんだよね。この色合い、とっても似合う気がして。」
だからどうしたなどと、聞く迄もなく、俺と京太郎への2人分のプレゼントを
購入するには、持ち合わせが足りないのだろう。
俺は、又、道化師なのか。
折角の休日に呼び出されて、誕生日祝いのお返しだからと、商品を選んだ所で、
又、京太郎に敗北しなければならないのかと、内心、男としての自尊心には傷が入った。
俺の為に来てくれた筈が、美和子の心の中には、やはり京太郎が居て、奴の事が最優先なのだ。
「聡志ちゃん。悪いんだけど、あのジャケットさ、手付金を払って、数日中に
買い取るから、今日は我慢してくれないかな。」と、当然のように言う。
お前は、京太郎の彼女。お前から見て、俺はただの都合が良い男友達。
「いいよ。別に。買って貰えるんだから。美和ちゃんが好きなようにしたらいい。」
美和子は嬉しそうに、京太郎へのプレゼントを購入して、俺が目をつけた商品の売り場では、
「手付金を払うから、いいでしょう。」と、強気な客だった。
店側は、4万円のジャケットを購入する客に粗相がないよう、謙虚な対応をする。
俺は、金目的で人が変化する、上っ面のお体裁が大嫌いだった。
接客業のマナーとしては当たり前だし、その接客による優越感を売り物にするのが、
ホストクラブなどの客商売だった。
美和子には、水商売がどういうものかを、とんと教え込んだつもりだったが、
彼女は真の意味で理解できていないのかも知れないと、この時、少し目覚めた。
つづく
著作権 (c)夜桜2026
Copyright Yozakura2026,All Rights Reserved
前回はこちら 小説『美和子』 66話(安全牌)
最初から読む 小説『美和子』 1話(雪の中の小夜子)
俺が寝るベッドの下の絨毯の上に、布団を敷いて美和子が眠る。
水商売をしているので、寝るのはいつも明け方の頃だった。
1週間に2、3日ぐらい、美和子は俺の家に泊まっていた。
美和子の家の人は、美和子が外泊をしても心配ではないのだろうか。
大方、女の友人の所に泊まっているとでも、嘘をついているのだろう。
美和子の服装などからして、水商売をしていることは明らかだった。
小学校の校長先生をしていたという御祖父さんは、孫娘の将来をどう考えているのだろうか。
彼女の話によれば、両親の代わりをしてくれている御祖父さんは、
とても優しい人らしかった。ただ、前妻が亡くなった後、何年かして、
後妻をもらった事が、美和子にとっては、気に入らぬ出来事だったようだ。
同性である為、嫉妬も根深かったようだ。
彼女の話だけに耳を傾けると、底意地の悪い義祖母が浮びあがってくる。
「あんまりにも憎ったらしかったから、クソババァを階段の上から思い切り蹴飛ばしてやった。」と、
その時のことを思い出ているかのように、爽快な顔で美和子が言う。
現実味に乏しく想像でしかないのだが、高齢で腰の曲がった女性を、
階段の上段から突き落とす、残忍な美和子の姿が、目の前を横切って消えた。
「義祖母さん、大丈夫だったの。」感情を表には出さずに訊いてみる。
「痛いって、泣いていたよ。それを見ていい気味だと思った。後で、爺ちゃんには怒られたけど。」
俺が千秋の家に居られなくなったように、美和子も自分の家で居場所を失ったようだ。
俺もお袋の彼氏や、父親の彼女、子供に対して激しい嫌悪感を感じているが、
それに近い心理かなと納得する事にした。
その後のことだ。
「小学生の時、帰り道で呼び止められて、母親が目の前に突然現れてびっくりしたんだ。
死んだって聞いていたからね。その時はまだ、父親は私と一緒に暮らしていたの。」
深刻な話なので、ただ無言で聞くしかなかった。
「父親は女癖が悪くて、彼女がコロコロ変わってさ。ある女の人は、灯油を被って
焼身自殺したんだよ。父親の目の前で。その辺りから、父親が家には帰らなくなっちゃってね。」
又、衝撃的な映像が頭の中に浮んだ。
わざわざ男の目の前で、灯油を被って焼身自殺をする女とは、どういう感情なのだろうか。
もはや、理性は効かなくなっているのだろうが、そんなエネルギーは俺にはない。
いくら心変わりした千秋が憎いと思っても、相手の男に嫉妬を感じても、そこまでには至らない。
女は美和子の父親を、公園のような広場に呼び出したそうだ。
当時の事件として、新聞にも出たらしい。
目撃者もいたので、美和子の父が疑いをかけられることはなかったが、
火だるまとなった女が男の方へ近寄って行き、男は悲鳴をあげて逃げていたという。
苦しさで助けて欲しかっただけか、父親も巻き添えにしようとしていたものかは不明だ。
真実は、焼身自殺という選択をした本人にしかわからない。
そんな死に方をされては、美和子の父親もショックだっただろう。
家族の前から姿を消したのも、わかる気がする。
「でも、その後も結局、又、違う女と住んでいたよ。」
何事もなさそうに涼しげな顔をして、美和子が言った。
俺なりの解釈で言うと、自分の親の異性感のだらしなさを、
客観的に冷静さを装って、他人に事実を伝えている彼女は、
とても痛々しくて仕方がなかった。
つづく 小説『美和子』68話(誕生日プレゼント) (02/09)
著作権 (c)夜桜2026
Copyright Yozakura2026,All Rights Reserved






